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18日の夕日 & 歴史秘話ヒストリアで宇喜多秀家

1月中旬の写真の続きです。

18日、お天気も良く久しぶりの夕日を見てきました。
昼間は暖かでも夕方の海の近くは結構寒かったです。
最後に水平線に沈んだか?までは確認しないで戻ってしまいました。
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先週20日に見逃してしまったNHK歴史秘話ヒストリア、
娘の家で録画してあるとの事でさっき見せてもらいました。
宇喜多秀家と豪姫の話、豊臣秀吉との関係など興味深く見ることが出来ました。
八丈島の方も何人か登場されていました。

明日(27日)の朝8時頃にはBS2、夕方4時過ぎからNHK総合で
再放送があるはずなので見逃した方は是非どうぞ。

*夕方は国会中継で中止の場合もあるようです。 → 番組HP

写真は以前撮った写真ですが
南原にある宇喜多秀家と豪姫の像です。
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像は二人が住んだ岡山の方角を向いています。

関が原の戦いの後、秀家は二人の息子と八丈島へ島流し
豪姫は故郷の金沢に戻され、
八丈島で二人で一緒に住むことは出来なかったとの事。
豪姫の加賀前田家からは秀家が亡くなった後も200年間、
八丈島に毎年米などが送り続けられたそうです。
by shimanohikari | 2010-01-26 22:34 | 八丈の風景 | Comments(2)
Commented by mikeblog at 2010-01-27 10:23
宇喜多秀家は八丈島に流されたんですね。八丈島には昔から文化人が何人も行ったので島の文化も向上したのだと聞いたことがあります。お坊さんなどは言ってみれば大学がひとつ出来るようなものなんだとか。
豪姫の実家の加賀前田家も立派ですね。200年もお米を!いいお話です。
Commented by shimanohikari at 2010-01-27 12:08
>mikeさん
こんにちは、宇喜多秀家の事イマイチ詳しく知らなかったのですが、番組で特に秀吉に選ばれた武将だった事が分かりました。 島では厳しい生活だったようですが84歳まで長生きされたとの事なので、温暖な地で暮らしやすかったのかな?と思ったりします。
八丈太鼓も戦国武将が刀をバチに換えて叩いたとの説もあります。
お坊さんもたくさん流されたようで、三宅や八丈に沢山お墓があります。
加賀100万石と長く繋がりがあったのも島の文化に影響ありそうですね♪
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