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百合日記

三宅島・伊ヶ谷で歴史散歩

復興後、以前と様子が変わった場所のひとつ、
伊ヶ谷(いがや)港の方に行ってみました。
伊ヶ谷は以前長く住んだ場所なのですが、最近の様子を見ていなかったので、久しぶりに行ってみました。

噴火前は磯が広かっていたのですが、今では砂浜に変わっています。
この日はあまり波も無かったのですが、三宅では珍しくサーフィンが出来る場所の一つ。
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小さな漁港だったのですが、風向きにより三池や錆ヶ浜が波で使えない時の第三の港として整備され、定期船が入港する事が時々あるそうです。
波静かな入り江なので、フィッシュウォッチング、ダイビングなどで人気の場所となっています。
地元の家族連れの人もよく泳ぎに来る場所です。

小さな漁港と書いてしまいましたが
江戸時代には港も一番栄えた場所だったようですし、その後も鰹節を作る工場もあったそうで、かつては島でも賑やかな場所だったようです。

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桟橋の先では釣り人が大勢でした。 その先に小さく見えるのは伊豆岬の灯台。
写ってないのですが、写真の右奥の方は天然の入り江と言うか湾になってます。

海まで続く坂も随分綺麗になっていましたが
途中に生島新五郎(いくしましんごろう)の墓が新しくなっていました。
以前はもっと海の間際にあったのですが、海の近くの地形が変わってしまったので新たに出来たんですね。横にある説明書きに新五郎や絵島事件の事が詳しく書かれてます。
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大奥の「絵島生島事件」は歴史的にも有名な出来事だったようですが、歌舞伎役者の生島新五郎はこの地で生涯を閉じたそうです。
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一方の絵島は信州の高遠へ流罪になったとのことです。
今では三宅島と高遠は友好関係にあり、交流があるようです。
(私も15年ぐらい前になりますが、子供達の剣道の交流で行ったことあるんですよ)
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以前は別の場所にあった大林寺も新たに建替えられていました。
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境内に入るとすぐ、竹内式部(たけのうちしきぶ)の墓がありました。
江戸中期の国学者で徳川幕府の要注意人物になってしまい 八丈島への島送りの途中、三宅島で病死とあります。
Wikipediaなどにもっと詳しく出ていますが、上手く表示できないので関心がある方は検索してみてください。
結構凄い方の様です。
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奥には新たに「鐘」も造られたそうですが、後で知り合いに聞いたらこの鐘は自動的に鳴るそうです。
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別の場所ですが、幕末に島流しになった宗教家井上正鉄(いのうえまさかね)のお墓もあったりして、伊ヶ谷は歴史が好きな方にはとても興味深い場所だと思います。
とても坂の多い地区なので注意してください。
(良い運動にもなりそうですが)

そういえば、伊ケ谷地区はお年よりでも足腰が丈夫な方が多いです!
最初島に来た時、お世話になったおばあちゃんが、ヒョイヒョイと坂道を上って行くのでビックリしました。
それに子供達は坂道で鍛えられて、足が速い子が多かったんです!
by shimanohikari | 2008-09-24 21:04 | 三宅島 | Comments(0)